小学生の時分は夏休みだけは早起きで、どうしてそんな早く起きるのが好きかというと、・・・

子供の頃の記憶が早起きにつながっている

子供の頃の記憶が早起きにつながっている

子供の頃の記憶が早起きにつながっている 小学生の時分は夏休みだけは早起きで、どうしてそんな早く起きるのが好きかというと、父に連れて行ってもらった早朝の釣りが原因であり、けっして早起きして宿題を済ませようなどという殊勝な気持ちでなかったのは確かです。早朝の釣りとは防波堤のアジ釣りであり、私が子供の頃は父親が釣りバカであり、自営業の仕事を休んでは釣りに出かけていてうらやましく思っていたのですが、自分がお供出来るのは安全な防波堤の釣りぐらいであり、釣りを夏休みのレジャーにして家族サービスの替りとするならば、父としては余計なお金も使わずに自分の趣味にも適合して一石二鳥となっていた、と今にしてみれば思えます。

アジの釣れる時間は早朝の一時であり、日が昇り群れが過ぎてしまうとまったく連れなく、釣れるのは暴れて糸を絡ませる夏の痩せた不味いサバばかりで、夕餉の食卓を賑わす程釣れたという記憶はまったくありません。それでも夏の早朝の海は潮の香りも清々しく、時として朝霧が立ち込める神秘的な風景も見られ、そんな懐かしい記憶があるからか、夏だけは今でも早起きをする癖があります。

今は釣りにはまったく行きませんが、早起きして街中をジョギングして一汗かいた後に浴びるシャワーの気持ち良さは夏ならではのものです。体を鍛える一方で、知的な早朝生活をしようと奮起して、フランス語、イタリア語など、無料で語学学習が出来るのもインターネットのある現代だからこその恩恵です。固くて半ボケ気味の頭には中々入ってきませんが、作詞作曲してアーティストになる高校生の頃の夢を思い出して、ネットで出来る有料のピアノ学習もひと夏熱中しました。そんな事も、夏が過ぎて早起きをしなくなる秋にはすべてなかったように熱も冷めてしまうのですが、何かを夢見る事が出来る夏は大好きな季節であり、多分そのような夏を待つココロがある限り、人は年はとってもいつまでも「青春」といえる中に居るような気がします。